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先週末に映画を見てきました。「風化とは何か」ということを考えさせられます。



私は震災復興に関わる人間として、ここで起きていることを伝えたいと思うし、被災地と東京のGAPを埋めたいという動機がこのblogをはじめるキッカケになっています。

以前、東北大学の小野田先生が寄稿されていた文章が印象的でした。
「復興システムと深く関わって最前線で活動している人たちは守秘義務の壁の中にいると同時に日々の業務に時間を取られ、その発信に意識が向きにくい。対照的にヒットアンドアウェイで被災地に関わっている人たちには、発信のための時間とインセンティブが備わっている。結果、復興に関しては、よく紹介されることと意味を備えていることの間に大きなギャップが存在してしまう(建築ノート、p.6)」
参照:http://kazz.blog.jp/archives/1578224.html

言い換えれば、情報の非対称性が生まれているということです。肌感覚的にも、表層的で分かりやすい話がフォーカスされ、復興の最前線で生まれては消えていく、たくさんの可能性や想いは世間一般に伝わりにくい状況にあります。

日本の近代戦争についても、同じようなことが言えるのかもしれません。
私のひいおじいちゃんはサイパンで戦死しているそうですが、ひいおばあちゃんや祖父母から戦争の話を聞いたことはほとんどありませんでした。嫌な思い出(敗戦)を話したくないというのは人の深層心理です。

私は、歴史から何かを学んだり、遠く離れた場所で起きていることを理解するために最も必要な力はイマジネーション(想像力)だと思います。
「○○年に明治憲法が施行された」「○○市で復興公営住宅が完成した」という文字情報を記憶してもあまり意味はなく、自分事として捉えて、課題解決策を思考していくには、どんな人間がどんな思いでそこに生きているのかを想像する力が不可欠です。
この『永遠の0』は、あの時代を生きたゼロ戦パイロットの人生を追体験することができます。同世代にぜひ読んでいただきたい作品です。