12188374_849205048510763_30041827_n

今日で釜石に移住してちょうど3年。世間はハロウィン一色ですし、いま振り返ってみれば…ということをあれこれ書くつもりはありません。けれども、本当に多くのことを学ばせて頂いているとしみじみ思う。自分が釜石の復興や地方創生ということに対して提供できている価値よりも、ずっと多くのことをこのまちの人・歴史・文化から与えて頂いている。

 

この濃密な3年間を通じて、気づかされた2つの大切なことがあります。1つは、“覚悟というものは、それ自体が価値を創出する”ということ。たとえ不完全な状態でも、志を定めると人が集い、知が生まれ、行動が連鎖する。多くの方々に助けられながら、自分一人では到底できなかったような事業や取り組みが実現する。これは「目に見えない資本主義」や「ボランタリー経済」といった言葉で表現されるものだと思いますが、この社会的作用が腹落ちしている人は強い。

 

2つは、“苦労が多いことは決して不幸ではない”ということ。これまで読んで字のごとく、がむしゃらに走ってきましたが、白髪もずいぶん増えましたし、「もう一度同じことをやれ」と問われれば、「それは無理です」と答えるような気もします()。けれども、不思議と釜石にきたことを後悔したことは一度もない。自分の能力や心の弱さを不甲斐なく感じることはあるけれども、人は自分の選んだ道でしか走れないし、目の前にある壁はいつか超えられる。この2つの学びは、将来どんな道を歩むことになっても、きっと自分の生き方を定める価値観となっていくように思います。

 

イェール大学のエイミー・レズネスキーによれば、「仕事」には「ジョブ」「キャリア」「ミッション」の3種類が存在する。ジョブは報酬のため、キャリアは自身の成長のため、ミッションは社会的意義のためにおこなう仕事。米国で行われた調査では、経済的豊かさと幸せの実感は、ある水準に達すると相関が見られなくなり(その調査では約6万ドル/年)、ミッションを持っているかどうかが、人の幸せを定義する大きな要因になっていくという。私は実感値として、このメッセージの真実性に共感しますし、ミッションとは「見つけるもの」ではなく、「見つかるもの」だと思います。そして、自身のミッションに出合う道は、“いま、そこにある「現実」に向き合うこと”の延長線上にしかない。

 

多くの仕事がそう遠くない未来にコンピューターやロボットによって失われ、産業のライフサイクルが人の人生よりもずっと短くなっていくという社会の変化を前に、私たちは何を残し、何を生み出していくのか。ナチスによって強制収容所に送られた経験を綴った『夜と霧』はあまりに有名ですが、ヴィクトール・フランクルが『それでも人生にイエスと言う』という著作の中でこんな言葉を残しています。“自分の人生にその意味を問うべきではない。人生が自分にその意味を問うているのだ”と。

 

明日から4年目がはじまります。復興と地方創生のあいだにあるまち・釜石とともに1日1日を歩んでいきたいと思います。石井拝