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学びの多い本でした。5回くらい「なるほどー」って。
28歳男子必読の書・百選にいれておきます!

<引用>

「経営するNPOの資金繰りが急速に悪化し、自分の給料を出せないかもしれない、という事態に陥ってしまったのです。対応に駆けずり回り、家に帰ってからおそるおそる妻となった彼女にそのことを告げました。すると、こんな答えが返ってきたのです。


「私も働いているんだから、二、三か月は大丈夫だよ。こっそり貯金もしているし」


そのとき、僕はようやく、自分が家族を支える「大黒柱」なのではなく、彼女と僕とがともに支える「二本柱」なんだ、と実感しました。人生の窮地と「カッコワルイ」自分の姿を好きな人の前でさらけ出すことで、ようやく「夫婦はパートナーなのだ」と腹の底から理解することができたのです(p.34)」

 

「男性には「オレがいないと仕事が回らない」という状況で「デキル自分」を確認し、「この仕事がなくなれば、オレの価値もなくなっちゃうな」という強固な思いを持つ方が多くいます。


(中略)たった一人しかできない仕事がある、ということは組織にとってはリスクでしかありません。真に組織に貢献する人は、常にこうした「リスク」を軽減することを考えています。そうした方法がさらに仕事の成果を増すことを知っているからです。自分だけができる仕事のやり方、自分がベストと思うやり方は、実は決してベストではありません。自分一人で試行錯誤を続けるより、ほかの人に自分のやり方を公開して社内外から広く改善を募った方がよりよい方に速くたどりつきます。


(中略)これからは、すべてのやり方をオープン化して誰でもアクセスできる状態にしておく、ソーシャルメディアのような仕事のやり方が求められているのです(p.146)」

 

「育児休業を取得するにあたって、「会社や職場に負担がかかる」「迷惑をかける」と思う人は多いようです。休業中にも給料の何割かを会社が払ってくれていると思って、申し訳なく感じている人も多いでしょう。しかし、単純に費用だけを考えると、育児休業取得にあたって会社が直接的に負担するコストはありません。

育児休業者が受け取る育児休業給付金は雇用保険から支払われるものですし、休業中は雇用保険料、厚生年金保険料、健康保険料、介護保険料といった社会保険料も現在は全額免除されています(p.152)」

 

「僕は自分が育児休業をとってみて、「男性にとって育児休業はサバティカルだ!」と感じました。「サバティカル」というのは、アカデミズムの分野で使われる言葉です。どんな優秀な研究者でも何十年も同じ分野の研究をしていると、知らず知らずのうちに限られた視点でしか物事を見られなくなってしまいます。そのため、専門分野の研究に没頭することから離れ、新たなアイデアや視野の広がりを得るためにまとまった休業期間を取ったり、まったく別の分野について研究したりするわけです。

 

(中略)このサバティカルの概念は、今後はビジネスパーソンにも必須のものとなっていくでしょう。同じ生活パターンを繰り返し、同じ仲間と同じ組織で仕事をしていれば、その狭い範囲の「常識」で物事を考えてしまうようになるのは誰でも一緒です。今、サバティカルという考え方がビジネスの領域でも重要になっているのは、あらゆるビジネスパーソンに新たな価値創造、つまりはイノベーションが求められるようになっているからです。

 

(中略)僕自身、子どもを持つことによって、社会を「子どもたちが存在する世界」として見るようになりました。子どもを抱きながら、「この子が大きくなったとき、自分はどんな仕事をしているのだろうか」と考えます。この子が育つ社会のためにどんなことができるだろう。10年、20年というスパンでそのような仕事を成し遂げるべきなのか。がむしゃらに駆け続けるだけだった足をいったん休ませ、行くべき方向を確認することができた育児休業は、僕にとってさまざまな収穫をもたらしたのです(p.185-187)」

 

「大震災後の二週間、私はまったくと言っていいほど仕事に集中できなかった。忙しかったわけではない。打合せの予定はキャンセルされて、時間はいつもよりあった。しかし、恐れと不安、悲しみで仕事はほとんどはかどらなかった。これまで「一日が四十八時間あればいいのに」と、自分の仕事に制約があるとしたらそれは「時間」だと思っていた。けれども、違ったのだ。本当の制約は「心」だった。

 

(中略)時代が変わったなかで、「真の幸福な夫婦とは、家族とは、働き方とは生き方とは何なのか。」働き方だけを抜き出せなかったのは、働き方と家族の在り方を切り離すことなどできなかいからだ。私たちは家族や大切な人たちの存在によって働くことが可能になっている。決してその逆ではない(p.253)」